1:右大臣・大ちゃん之弼 ★ @\(^o^)/:2018/12/16(日) 21:07:33.00 ID:CAP_USER

黄海道谷山で生まれた李興燮さん(1928-2014)は、父を助けて畑仕事をしていたが1944年5月に徴用されて日本に連れてこられ、光復(日本の植民地支配からの解放)後も遂に韓国へ戻ることができなかった。当時数え年で16歳だった李さんは徴用対象ではなかったが、太平洋戦争で窮地に陥った日本は、戸籍の年齢を操作して植民地の青年を連行した。父は、白い木綿の洋服を別れの贈り物として与えた。本書は、佐賀県の炭鉱に連れていかれた李さんが翌年1月1日に脱出・逃亡して解放を迎えるまでの、およそ1年3カ月間の記録を収めている

 少年は2週間の軍事訓練を受け、ふんどし姿で切り羽に送り込まれた。豆かすが半分以上という飯にたくあん2切れだけの食事はあまりに粗末で、ひどく腹が減った。故郷を離れるときに父がくれた荷物の検査で指輪が出てくると、状況は一層悪くなった。「戦争中にこんな物を隠して供出しなかった」という理由で「非国民」のレッテルを貼られ、外出禁止などの罰が加えられた。李さんは脱出を夢見るようになり始めた。逃げ出したものの捕まった朝鮮人が生ゴムの棒で殴られ、半殺しの目に遭うのを見たが、これ以上そこにいられなかった。

 正月、初めて外出した。その日に脱出した。復帰の時間が迫ると、炭鉱の反対側にある北の海岸へ向かうバスに乗った。漆黒の闇に身を隠しながらも、李さんは空襲で廃虚と化した光景に口をつぐんではいられなかった。「これが、われわれをこんな目に遭わせた日本の姿なのか!」

しかし、李さんの手記には敵意は薄かった。「正義などみじんもない戦争に巻き込んだ日本人」と厳しく叱責(しっせき)しつつも、戦争に苦しむ日本人に向けた憐憫(れんびん)と普遍的な人間愛を共に強調した。炭鉱で彼が属していた組を指揮していた男性は、「佐賀県の地図が欲しい」という少年の言葉がどういう意味なのか知りつつも、知らないふりをした。むしろその翌日、地図を渡しながら「北に行けば軍港がある」と、それとなく教えた。厨房(ちゅうぼう)のとある少年は、いつも腹をすかせていた李さんの手にこっそりとおこげを握らせてくれた。逃げ出した李さんが隠れていた朝鮮人の飯場には、敗戦の3カ月前から日本の軍人たちが現れ、物乞いをした。李さんに食事をさせてくれた朝鮮人のおばさんは、「軍服を着た若者」にすぎない日本の青年たちの弁当箱にも、コメのご飯をぎっしり詰めて返してやった。

 日本が降伏した翌日、少年は帰国の船に乗るため福岡県北部にある博多港へ行った。ところが、故郷に向かうことはできなかった。押し寄せた朝鮮人は数十万人にもなるのに、釜山行きの船は毎日300人ずつしか乗せていかなかった。帰国を待っていては飢え死にしそうだった。李さんは「無理やり連れてきたのなら、なんとかして送り返してやるべきではないか」と心の中の怒りを漏らしたが、結局、当面の生活苦から解決しなければならなかった。その後、肉体労働をしながら九州を流れ歩き、1970年から大阪で金属回収業を営んだ。

本書は、歴史の傷を克服するための加害者と被害者の共同努力が作り出した貴重な成果だ。77年に李さんの娘・ドンスンさんが通っていた中学校の担任、室田卓雄さんが家庭訪問にやって来た。李さんの徴用体験談を聞いた室田さんは、当時中3だった教え子に「お父さんの歴史を書いてみないか」と勧めた。その年の夏休みにドンスンさんが父親と向き合い、聞き書きしたものが本書の出発点だった。室田さんは「こんなことがあったのかと驚きだった」と文章をまとめ、翌年10月26日に小冊子を出した。その後、10年かけて李さんが自ら日本語の辞書を繰りつつ執筆した分を加え、『アボジがこえた海』というタイトルであらためて出版した。李さんのつたない日本語の文章を数人の教師がボランティアで校正した。その本を読んだ九州や大阪の中学生が、李さんの物語をステージ上で演劇にした。その間に大学の教員になった室田さんは、2006年から自分が在職する流通科学大学に李さんを招き、毎年2回、講演を頼んだ。高齢を押しての李さんの講演は、亡くなる2年前の12年まで続いた。強制徴用判決を巡って未来がないかのような不和を示す韓日両国の現実が、本書を読んでいて終始、残念な思いと共に重なって見えた。280ページ、1万5000ウォン(約1520円)

金泰勲(キム・テフン)出版専門記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/12/14/2018121480062.html
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 2018/12/16 05:01

https://i.imgur.com/unbAFLN.jpg
▲(1)(2)切り羽で採炭作業を行う朝鮮人。狭い坑道で体を斜めに横たえてつるはしを振るうという重労働に従事した。(3)16歳のとき日本へ連れていかれ、九州の炭鉱で強制労働させられた李興燮さんの生前の姿。/写真=国立日帝強制動員歴史館所蔵


2:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:09:16.50 ID:3rvDXeHn

働けて良かったじゃん


3:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:10:10.13 ID:7C8sOuzr

×操作して
○詐称して



26:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:22:52.97 ID:MjLehLdc

>>3
だろうね


167:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:37:55.99 ID:IzYQSGnd

>>3
たぶんコレw


218:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 23:24:24.43 ID:DbrbTLJK

>>3
ぜってー年齢詐称だろうな
今までのパターンからいえば


4:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:11:02.58 ID:8C1bpy2u

徴用された個人の存在そのものが怪しい…


5:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:11:09.24 ID:xeRzNYaj

徴用って1944年9月からじゃ?


209:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 23:14:44.32 ID:++QkpYUP

>>5
冒頭から嘘ってのは、珍しくない


14:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:13:29.20 ID:xim5bL3Y

戸籍操作を疑う前に、詐称とか捏造を疑うんだが。
そこら辺の根拠はなんだ?


10:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:12:36.52 ID:2mPybQA7

徴用するのに戸籍にしろ年齢にしろ操作する必要無いと思うが。


18:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:17:15.22 ID:PeacwkYO

>>10
たしかに、徴用するのに、年齢やら戸籍やら操作する必要ないな。
当時、朝鮮人の男性が戦争に駆り出されて不足してたわけでなし。


15:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:15:25.46 ID:PeacwkYO

なんか、いかにも嘘くさい。
帰りたいなら1970年まで日本にいない。

在日が日本にいるための嘘の作り話だろ
これ


20:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:20:08.90 ID:zTcQZHZd

『徴用する側』が戸籍操作ってのは不自然やな。
『徴用』するなら、なら戸籍も年齢も関係なく『徴用』するだろうに。


22:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:20:25.95 ID:aApH5hiQ

>>1
作り話書いて演劇とかやって
日本人を騙してきたわけだ


23:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:20:46.70 ID:e7ra9Ml6

半島なんてインフラ整備するのにかかった金すらも朝鮮人から徴収出来てたかすら怪しいだろ、赤字じゃね


25:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:22:06.86 ID:VjlhgEN/

金属回収業ってなんでいまだに韓国人がやってるの?
そんなにもうかるのかね


35:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:25:42.14 ID:VFPzAUuf

>>25
色々あるのよ
駐車場の鉄板とか
室外機とか良く盗難になるだろ
韓国人に言わせると金を外に出してるんだと
韓国では室外機は室内にあるニダ…


50:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:31:39.09 ID:ohHtXng6

>>25
一時期住んでた枝川で、毎週ビールの空き缶6×7を毎回夜中にかっさらってたぞ。
いくらにになるかは知らんが。


31:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:24:50.36 ID:1KpC+nLT

作り話が辻褄合わせられなぁい


33:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:25:27.50 ID:G0QAal2k

1944年5月か…基本設定をしっかりする気はないのかねぇ。


40:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:27:33.98 ID:I8qHPxy0

年齢ごまかして出稼ぎに来たんだろ
それこそ戸籍がいい加減だった昔にはよくあった話


41:こてカッコカリ ◆a8q4gKPOqI :2018/12/16(日) 21:27:59.65 ID:2KLICaAt

>>1
>280ページ、1万5000ウォン(約1520円)

ラノベにしては高いな。


46:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:29:57.39 ID:qLIeh+RP

>>1:ダウト!!!

朝鮮人の徴用が始まったのは44年の9月からです。


51:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:31:50.54 ID:hz/DlsFI

家族が食ってくのに親が働かせたいからと
頼んで大目に見てもらったが可能性が高い



55:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:33:39.11 ID:VFPzAUuf

>>51
親父の酒代になったんだろうな


52:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:32:38.74 ID:F5GY7vNs

>>1
>豆かすが半分以上という飯

そんな飯ねぇだろ
麦が半分とか大根が混ざってると言った方が、まだ信憑性がある
ど~せ金目当てで歳を偽って日本に来たものの、
仕事がキツかったんでバックレたってのが真相だろうWw


53:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:33:17.14 ID:15n+wfwM

「年齢がおかしい」「計算が合わない」とさんざん突っ込まれまくったから、
とうとう「日本が戸籍をいじった」ということにし出したか。

それがうまくいったら、朝鮮戦争の慰安婦も、戦後の赤狩りの犠牲者も、
ぜんぶ「日本軍の蛮行」に付け替えることができる。最強だな。


58:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:34:54.32 ID:YeVp2x9+

>結局、当面の生活苦から解決しなければならなかった。その後、肉体労働をしながら九州を流れ歩き、1970年から大阪で金属回収業を営んだ。

一言
「帰れよ!」


61:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:36:30.39 ID:ufnjHwqG

意地でも帰らないのは日本の方がマシな暮らしができるのを知ってたからでしょ


69:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:40:18.92 ID:j2cLUuUm

ネット時代にこんな低質な嘘で騙せると思ってるのかねwwww


71:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:42:09.01 ID:xB9Y9Jjq

>>69
お花畑は信じちゃうんだよ…


70:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:40:47.75 ID:CsNsIZbb

いくら帰国船が満員だったといっても
半年もすれば帰れたはずなんだよね。おかしいです。


73:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:42:45.85 ID:Kv9vTpwl

相当盛った話だな。

写真も嘘だし。
就職するのに戸籍謄本とか出さずに行けるわけがないから、年齢ごまかして徴用なんてできるわけがない。
300人乗りの船しかないから帰れませんでした、ってことはあり得ない。
半島から日本への帰国者が多数いたのに、その逆方向が不可能なわけはない。
しかも、故郷の黄海道谷山は北朝鮮じゃないか。帰還事業で何度も船出してるわ。

結局このおやじも、日本にあこがれて年齢ごまかして入国し、入ればこっちのもんと職場を抜け出して都会に逃げ込んでいっただけだろ。
子供に説明できないから適当なウソを言ってるだけじゃないか。


77:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:43:56.16 ID:HuD1tEVO

>>1
本当に強制連行なら祖国に帰国するよね
日本兵も終戦後はほとんど帰国してる
帰国しないのは自分の意志で現地に残った人たちだけ


79:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:44:19.56 ID:GoHau4Qe

強制連行すんのに戸籍の改竄なんてするかアホが


80:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:44:52.83 ID:fWg0UxrF

>少年は2週間の軍事訓練を受け、ふんどし姿で切り羽に送り込まれた。

切り羽ってコトは炭鉱だろう。
何で軍事訓練?



84:こてカッコカリ ◆a8q4gKPOqI :2018/12/16(日) 21:46:25.51 ID:2KLICaAt

>>80
強制連行されて無理矢理なんかさせられた、てトコだけ書ければ
細かいことはどーでもいいんでわ。


86:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:47:50.86 ID:yc/Ztfk4

当時16歳だったが日本が戸籍を操作して徴用された
1944年9月から徴用なのに5月に徴用された
徴用者は優先的に帰国船で帰れたのに1970年まで大阪にいた

もう一度話を作り替えたほうがいいぞ


87:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:48:23.98 ID:fWg0UxrF

>李さんに食事をさせてくれた朝鮮人のおばさんは、「軍服を着た若者」にすぎない日本の青年たちの弁当箱にも、コメのご飯をぎっしり詰めて返してやった。

えらく米が余ってたんだな。


92:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:51:44.88 ID:zexrEAVR

父親の嘘を正当化するために日本が悪さをした事にしているだけ。


94:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:52:19.51 ID:1IOJ68JN

この物語に真実は何%あるんだろ?
「日本にいた」ってだけじゃないのか?


97:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:55:12.54 ID:15n+wfwM

「日帝の被害者」が寿命で死んで枯渇してきたからなあ。そろそろ補充をしないとな。

ということで今生きてるやつを「被害者」に仕立てるために「日本は戸籍を操作した」
というファンタジーを定着させたいんだろう。



99:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 21:56:26.28 ID:fWg0UxrF

>>97
いや、こいつは、2014年に死んでる

>高齢を押しての李さんの講演は、亡くなる2年前の12年まで続いた。


104:こてカッコカリ ◆a8q4gKPOqI :2018/12/16(日) 22:00:25.40 ID:2KLICaAt

>>1
つーか日帝が無理矢理徴用するなら
戸籍弄るなんて律儀な事せんでも良かろうに、
そこが妄想の限界なんすかね。


109:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:02:59.46 ID:c1nV/WJL

>1944年5月に徴用されて日本に連れてこられ、
>およそ1年3カ月間の記録を収めている

えっウソだろ
朝鮮人への徴用令は1944年9月からだから1年以上の記録が
あるのはおかしい


111:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:04:37.49 ID:79F3RsZR

>黄海道谷山で生まれた李興燮さん(1928-2014)

北じゃん。
「遂に韓国へ戻ることができなかった。」ってどうい事だよ?
帰還事業とかあったんだから「地上の楽園」に帰れたんじゃないの?
いつでも帰れるのに何故2014年まで日本に居た?

ストーリーが破城してるんだけど


112:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:05:39.52 ID:fWg0UxrF

>炭鉱の反対側にある北の海岸へ向かうバスに乗った。
>地図を渡しながら「北に行けば軍港がある」と、それとなく教えた。

? 日本軍から逃げようと思わなかったのか?
何で軍港に近づこうとする?


120:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:09:58.85 ID:snztePGT

年齢詐称して働きにして終戦後帰国しようかなと思ったけど朝鮮に帰った方がやばくねと察して
日本で荒稼ぎしたと


127:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:18:15.44 ID:5HDXE0tl

植民地って労働力を搾取するものだろ
日本以外によくわからん金を払った国はないぞ


135:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:21:50.58 ID:PQdzjLAS

韓国では戦前、戦中、戦後どの時期でも日本企業で労働したら
強制徴用工になるようだな
こんなでタカるんだから詐欺だわ


140:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:23:45.24 ID:ewPMOfQb

いろいろ嘘が交ざってるのが素人でもわかる


142:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:24:46.38 ID:7zLw3HNx

>>140
1行目からして嘘だしなw


141:(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2018/12/16(日) 22:23:48.65 ID:7zLw3HNx

戦時中に書かれた日記が証拠って言い張るのかと思っていたら
書かれたのは1977年かよwww




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